ラブレター




拝啓 天使さま


 君に、どんな街が似合うんだろうと考えてる。

 東京にはね、たくさん駅があって、びっくりするくらい大勢の人が住んでいるから、僕は今朝も今まであったことのない人にあったし、天使は大忙しだよ。きっと、偽物のセーラー服を着て日曜の夕方の中央線にのったり、いまにも飛び込みそうなそぶりで線路沿いを歩いて、それでいて目配せしなきゃならないだろうからね。東京での日々はきっと、古本をそっと匂ってみるときのようなためらいの連続だよ。僕なんてもう、疲れてしまったんだ。どうか、明日が来てほしくないって思ったときに、自分は天使なんだってことに気づいてね。それだけお願いね。

 夜になったら、部屋中の明かりを消して、それでもiPhoneは光らせておいて、窓際に座ってみる。愛とか恋とかそういうたぐいのことは考えちゃだめで、見つからなかったボールペンのキャップや風が、ゆっくり僕を呼んでいたときのことを思い出している。天使も、たまらなく誰かに会いたくなったり、秘密にしておこうと思ったけどやっぱり喋っちゃうこと、とか、ありますか。なんでもないときにふと頭にうかんで、それから砂漠の細かな砂みたいにまとわりついてくる誰かの、声とかありますか。いつもより早く眠ろうとして寝つけなかったこと。降る雨を、その一滴一滴の雨音を数えてみようとしたこと。それだけで今日もいい日だったなって思えること。

 このまえ、久しぶりに空がきれいだって思ったんだ。昔は、中学校とか高校一年のころは、夕焼けとか、快晴にうかぶ一筋の飛行機雲とか、とにかく空が好きだったし、ことあるごとに感動してなにか文字におこしてた。きれいだって思ったらすぐ近くのマンションの屋上にのぼって行って、ごろんと寝っ転がって、空を独り占めにしようとしたりね。でも、そうだな受験がはじまったり、東京に出てきてからはわざわざ空をみたり、見てもなにか感じたりということは少なくなっちゃったんだ。なんでこんな話を君にするのかわからないけど、天使には知っておいてほしいことってあるから。別にそれでなにか反応がほしいってわけじゃなくて、ただただ君にそのことをわかっておいてほしいというか。君ならわかると思う、でもわからなかったら、なんだろ、じゃあたとえば僕が天使だったら、君は僕になにを話すかな。

 僕は君の、笑った顔が好きです。とんとんとんと軽くあるくところが好きです。見たことないけど。君は天使だから。いつか僕を救済しにあらわれたときに、ほらねってきっといえるから、楽しみにして僕はいつも、インターネットをオンにしているよ。××ちゃんが今日も思い出すと心がざわざわするようなことを思い出さないように。××ちゃんが今日も楽しくすごしていますように。××ちゃんが今日もすとん、と眠りに落ちますように。

 春はいつのまにか夏のかげを連れてきて、薫風はいつまでも吹いてはくれません。四六時中ってわけにはいかないけど、毎日どこかで君のことを思い出します。

敬具