5枚のワイシャツと夜に移動する そのに

八重洲口は映画の始まり。若い男女のカバンがぶつかって、実はアパートでお隣さんでした、色々あったけど、めでたしめでたし。でもそういうストーリーには出演しないんだ。気取った色の(深藍っていうんだってね)タクシーを見ていると、軽からスウェットはいた若いのがぞろぞろ出てきて、丸まってタバコを吸う駅前の風景を思い出す。無事に運ばれたんだ。痩せたねって言ってくれる人さえ見つけられなかった、あたしは。

嫌なことがあるといいことがある。辛い日に仕事に行くとあの人が来る。ガラス越しの君は、まるで寂しい田舎の果物屋に置き忘れられた一個の果物みたいだ。そんなうまい言い回し、あの人に思いつくはず無いのに。そういうならあなたは、忘れた頃にやってくる朧月のよう。それ、どこからの引用だい、っていわれて初めて、あの人のこと、人間なんだなって思えた。帰り際、りんごだって言ってくれたから、そのまま最終乗って青森行くんだ。美しい方に、生きるには、勇気がいるんだ。

「びっくりした、こんなもんなんだ、つめているときはずいぶんくたびれたのに、彼の、でもなくて、共用のでもない、じぶんのもちもの、ってたった三つ、Mサイズ、段ボール、たまげた、さすがにもっと、いろいろこの部屋であったはずだけどなって、彼とも、たくさんいろんなことが、あったんだけどな、いや、あったつもりなんだけどなっていう、きゅんとなるきもち、と同時に、いなくなれる、とおもった、三つ、Mサイズ、段ボールで、身軽だ、いままさに、やろうとしているように、いなくなれる、いなくなれる、いなくなれる、んだ」

なんだか映画のセットみたいだなって思う。両隣はサングラスぶら下げた大学生で、何語かわかんないけど、母親が子どもをあやしている。インターネットとかここらへん飛んでるんだっけ、神様みたいに、高いんだっけ。機内モードで録音する。一概に言えないことばかりの、(彼のいない週末に、アイロンをかけているときのような)生活。朝駅へ歩くときにかかる倍の時間をかけてゆっくり家に帰ること。そういうのを、贅沢だって思ってくれなかった。そういうとこ。


それから。明るい花のほうがね、実はお顔が映えるのよ。お通夜の前に、言い放ったあのばばあ。帰り道、首都高のぐるぐる下るトンネル。遠心力であの肩にもたれた気になって、あたし(たち)の誕生は、ジョークだったんだよ。そう思った。飛ぶようにすぎていく窓明かりに、私たちの、食卓がみえる、車内販売のヒールの高さに、初めての研修に向かうわたしが、みえる、気がして、乗っちゃった、流線型の、翼の生えた、2階建ての、セダンに、乗っちゃった、乗っちゃったんだ、あたしたちは。