よしなしごと

みんな飛んでいる。赤黄緑紫…原色の鳥たち。何もない空にそれとなく羽ばたく。僕は隣で落ちる。空の青が僕を通過する。痛い。痛い。雲をつきぬけたい。白 く濡れたい。風が下から下から。地球が僕を欲しがっている。手をのばせば、指と指の間を流れる。青い鳥はもっと飛んでいればいいのに。くちばしからしっぽ まで原色の青たち。ひつじ雲が一様に同じ高さでとまっている。その高度には立つことができる。それからきっと知らない。アリが行進する。右の手足と左の手 足をそろえて交互に。一斉に。じめじめしている公園の植木のかげで土のにおいと僕は発見する。16年も土にいる。僕と同い年のセミ。地上に出てくるのは とっても嫌だった。柔らかな土。くるまれる感触。梢。セミの抜け殻。

マンションの一階には暗いのが充満している。空の無い昼下がり。夜勤明けの母は寝ている。うす紫の明け方よりも狭い、と思う。買ったばかりの携帯を開いて 僕に聞かれるのを父は待っている。色落ちしたピンクと親指が迷う。やがて父は自ら言い出してしまう。僕は聞く。はりついた背中が少し丸まる。つぶやくと父 の声はいつもより枯れているようだった。コップの水が黒に溶けている。いま外でも何もゆれていないだろうと思う。分子も原子も同じところにあるだろうと思 う。僕は世界を一歩引いてみよう。首の下の、丸まる背中をどうしたらいいのかわからない。どうしたいのかわからない。うつむく背中の寂しさを、よし、気づ こう。それはきれいに円周率で丸まるって求められるって、って。だいぶ父の足は細った。床がひたる。天井がひたる。父がやつれるわけがない。放られた携 帯。新品だけどうす汚れて、そこから広がろうとしたまんま。しようとする重力。小さくいってらっしゃいと言って。僕は外に出る。ずっとずっと正常だ。

全ては相対速度ですぎていく。電灯が何本も走っている。高速道路の上では世界がジオラマのように見える。ガラスと雲を通せば太陽がはっきり丸いことがわか る。光がとれて地表がみえる。おのおのが食べた昨日の夕食がバスの中に汗腺から吹き出してそれから変な臭いのするエアコンの空気が表面を冷やす。まだ全然 冷えてない、バスの中。内壁の表面をなぶって髪の先を冷やす。バスには重心がない。それで、雨がザーザーふっている。誰かが世界の終わりみたいだと言う。 荒々しく、河面が変色している。河から雨が飛んでくるんだと思う。ガラスに雨がつく。ガラスにもたれる僕に雨がつかない。その薄さ。身をよせあってかた まってやっとガラスは透きとおる。純度。あの黒い雲の向こうに光っていると見上げると、困っている。誰かが僕にちょっかいをだす。

西へ向かっている時、見たんだ。きれいだった。太陽が雲のふちから顔をのぞかせて、光る。世界がさけているみたいだった。われているみたいだった。家族4 人ですごいねって、お兄ちゃん案外ロマンチストだねって。言葉にごして、人はみんな詩人だって父が言ってたのを思い出して。その時は酔っていたけど、ひど くかっこよかった。世界のさけめ、われめ。雲も空も同じような色だからそれはよけいにうねって、ちょっと雷を連想する。いや、やっぱ龍。光る龍。飛んでい た。われめが終わるあたり、左でさけめが終わるあたりで彩雲。虹を少しあいまいにしたような。内むく雲とグラデーション。道をまがったら左手に見えますと 言う。興奮気味に発見した父は隣にいる。無臭だ。家族がつまって、会話があわさって車は楽しい。母はいつもたわいもないことを言うから。僕は父にも母にも 似ているなって思う。

シャワーを浴びたら、焼けた髪のにおい。タイルを一歩ずつふみしめる。彼女は離れる。君は5月の空をみながらつっ立っている。雲がそよいでいる。笑む。伸 びていく線路をみつめる。景色が遠のいた茶色の枕木、連なり。よしなしごと。もっと、とらえようとする詩人。世界を全部とらえようとする詩人、のせい。き つくしばれ! いろんなイメージを。どんどん左傾していくのは、そう、ふりなんかじゃない。きりぬける。女子にメールしろ、いますぐ。いますぐ。僕はずっ と僕の目を見ることはできない。世界がさっきできたのか僕は知れない。ちょっと何言ってるかわからない。網戸に穴が開いている。蚊がはいってくる。全てが 僕の方を向く。虫が鳴いたらもう9月。今日はちょっと重い。